意識矯正茶房

真理のような、目醒めのような、非二元のような、気づきのような、ノンデュアリティのような、諸々等のお話です☆

川の中を転がる石ころのように

意識の歪みは、捉え方の歪みに繋がる。

捉え方の歪みは、苦しみや辛さを生む。

 

 

整体師ならぬ☆整意識師☆眞述 零です。

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コロコロコロコロ

9月末ごろ、塩沼亮潤大阿闍梨が、広島に来られ、講演会をされたんだけど、

零さんは、講演会の当日の1週間前に、このイベントを知り、

知った途端、行きたい❣️がやってきたんです。

 

が、結局、行かず😅

 

10月に入り、テレビの番組表見てたら、

見つけちゃったんですね〜

 

塩沼亮潤大阿闍梨の番組。

たったの15分間だけだけど、確か、7回放送される予定だったかな。

先週の3回目、塩沼亮潤大阿闍梨のひとつの言葉が、残った。

 

「人は、ぶつかりながら丸くなっていく。」

(そんな感じの言葉)

 

この言葉を聞いた時、

川の中を転がる石ころの映像がやってきた。

 

 

人は、日常の中で、

いろんな出来事にぶつかり、

いろんな人と関わりながら、

角が取れ、丸くなっていく。

 

そこに学びがある。

そこに気づきがある。

 

角という我が丸くなっていく。

 

 

何も起こらなければ、

学びも気づきもないんだよ。