意識の歪みは、捉え方の歪みに繋がる。
捉え方の歪みは、苦しみや辛さを生む。
整体師ならぬ☆整意識師☆眞述 零です。
多くの人が生きていく中で、
人は変えられないことを知る。
そして、
それを知りつつも変えようとする。
けれど、
どうやっても人を変えられないことがわかると、
自分が変わるしかないことに辿り着く。
それと同じように、
起こってくることを変えることはできない。
変えることができると思うのは、勘違い。
必要なことは、否が応でも、起こってくる。
必要な理由は、沢山ある。
ただそれを経験体験したい時。
何かに気づく必要がある時。
精算。
等々、いくらでもある。
人を変えられないのと同じように、
起きることは変えられない。
ならば、自分の捉え方を変えるしかないんです。
でも、自分の都合の良い捉え方をするってことじゃないよ。
捉え方って、人それぞれ。
それは、今まで過去生も含めて、経験体験した内容で変わってくる。
辛い苦しい経験体験をすればするほど、
本来の正常な捉え方ができなくなってくる。
それらを通り過ぎた今。
染み付いた歪んだ捉え方は、習慣のように、しぶとくなかなか正常には戻らない。
特に、恋愛では、それが顕著に現れてくる。
それで誤解や不安や恐れが生じてくる。
だから、恋愛は、学びが多い。
しぶとく染み付いた歪んだ捉え方を元に戻すには、
気づくことから始めるしかない。
気づかないとわからないから。
とも言えるし、
非二元でいうと、
本当の自分は、常に気づいている存在だからとも、
気づきそのものだとも言える。
気づくこと。
ただ、人も起こることも変えられないことを
心底わかってない場合の人は、
変えられないことをとことん知る必要があるので、
何度も変えることにチャレンジすることから始めた方がいいかも。
もし、相手が自分の思うようにしたからといって、
相手を変えたと勘違いしないでください。
相手を支配しただけですから。
経験値は人それぞれだから、
経験値が違うと、することもできることも違ってくる。
RPGのゲームでもそうでしょ。
経験値が低ければ、まずは経験値を高くしようとするでしょ。
でも経験値をしっかり高めている場合は、
高めることよりも前に進もうとするでしょ。
そんな感じ。
意識がどこまで進んでるかによって、
することもできることも違う。
これ、日常でもいろんな場面で実感できると思う。
そういう目で、日常に意識を向けてみて。